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第3回:山歩きの原風景-2−
 「青年時代のらんぼうさんの山歩きはどんなでしたか?」

らんぼう
「青年時代ね、ずいぶん古い話になってしまうけど、昭和39年、東京オリンピック開催の年に僕は大学2年生だったんだよ。当時は戦後で、経済の復興とともにレジャーへの関心も強まっていたんだろうね、かなりの勢いで登山人口が増えた。第1次登山ブームというやつだね。

 当時の僕は、そういったブームもあったけれど、前々からの山好きだったんで気が向いたらたまに登りにいくという感じだったかな。」
「その頃でいまだに覚えているエピソードといえば、そうだなぁ・・・
 やっぱり山の天気に振り回されたときのことだね。

 いつものように1泊分の荷物をつめたリュックをかついで山に入ったんだ。だいぶ暮れてきたからテントを張って一晩過ごすことにした。そのときは星もみえていたし、夜半まではまったくいい天気だったのに、いきなり大雨が降り出した!急いでテントの周りに溝を掘って雨水を逃がそうとしたんだけど、全然だめでね。どんどんあふれてきて・・・。いやあ、焦ったね!

 そのときは下手に動かず、雨が小休止するまでじっと待ってから下山したよ。真夜中にユースホステルの戸を叩いて、やっとの思いで泊めてもらったんだ。山の天気は変わりやすいっていうのは周知の事実だけど、本当に用心しないとね。」
最初にも言ったけれど、当時はちょうど東京オリンピックのまっただなか。日本中が沸いていてね。

 だれもが東京に注目していた。そんななか、僕はひとつの理念を自分自身にかかげたんだ。「みんなが東京しか見ていないときに、僕は自分の故郷・東北をこの目で見よう」というね。その頃は東京の大学に通っていたから、余計にふるさとをもう一度見直そう、という思いが沸いたのかもしれない。
 八幡平、十和田湖、そして八甲田や恐山・・・。そういった東北の山々を自分の足で歩いたというのが、若い頃のいちばんの思い出だよ。それによってふるさとへの思いをさらに強くしたんだ。」

次回は、らんぼうさんがシニアの山歩きについて語ります!お楽しみに!!

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